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吉田松陰「講孟箚記」を読む 第3回

以下、吉田松陰「講孟箚記(上)」より。


凡(およ)そ学をなすの要は、己が為にするにあり。己が為にするは君子の学なり。人の為にするは小人の学なり。
<訳文>学問をする眼目は、自己を磨き自己を確立することにある。自己を磨くためにする学問は君子の学であり、人の役に立つためにする学問は小人の学である。(333,334P)
(VIPまとめより)
ここでいう「人の役に立つ」とは師となることであって、自分の身につけていないことは他人に教えることが出来ない、まず自分が学ぶべきである、という意味である。知識に関しても当然当てはまるが、その場合は師となるために学んでも、十分に師となることができるだろう。しかし、道義に関する場合、自分の言動によって教えるのでなければ、他人に教えることは出来ないのである。


暴君・頑父に事(つか)へて忠孝なる者に至りては、不幸の至り、誠に哀しむべし。然れども是に非ざれば真の忠孝の誠意を観るに足らず。
<訳文>暴虐な君や頑迷な父につかえてしかも忠孝を尽す人物は、不幸の至りであり、まことに同情に堪えない。しかしながら、このようでなければ、真実の忠孝の誠意を観ることはできないのである。(348,349P)
(VIPまとめより)
立派な君、立派な父には自然と敬意を抱くものなので、そのような人物に忠孝を尽すことは比較的簡単といってよく、誰にでもできることである。悪い君、悪い父によく仕えてこそ、真の忠臣孝子である。思うに、後醍醐天皇は決して暴君ではなかったが、君主に最も必要な人を信じる心が不足していた(明治大帝や昭和天皇と比較すると分かる)。そうでなければ、大塔宮や楠公が死ぬことも無かったのである。しかし、楠公は最後まで忠義を尽した。まさに忠臣の鑑である。これによって多くの人物が吉野朝に尽くし、さらに後世の志士をして奮起せしめた。七生報国とはこれを言わずして何だと言うのか。


小恵を事として大徳を知らざるを譏(そし)るなり。
<訳文>目の前の恩恵のことばかりを考えて、大きな徳沢についての認識がなかったことを、孟子が批判したものである。(353P)


君々たらずと云へども、臣以て臣たらざるべからず。(354P)


明主に忠あるは珍らしからず、暗主に忠なるこそ真忠なれ。慈父に孝あるは珍らしからず、頑父に孝なるこそ真孝なれ。賞誉せられて忠孝なること珍らしからず、責罰せられて忠孝なるこそ真の忠孝なれ。士大夫たる者、嗜むべきこと実に爰(ここ)にあり。
<訳文>英明な君主のもとで忠義を尽す家臣は珍しくない。暗愚な君主に仕えて忠義を尽す人物こそ、真の忠臣である。慈悲深い父のもとで孝行をする子供は珍しくない。頑迷な父に仕えて孝行を尽す人物こそ、真の孝子である。賞誉されて忠孝に励む人は珍しくない。責罰されてもなお忠孝を尽す人物こそ、真の忠臣孝子である。武士たるものが覚悟すべきこと、実にこの一点にある。(376,377P)


学問中道に志すは固(もと)よりなれども、其の次は過ぎて取らんよりは過ぎて与へんに如かず。過ぎて生きんよりは過ぎて死せんに如かず。是亦(これまた)知らずんばあるべからず。
<訳文>学問するものが、し過ぎることなき中庸の道に志さねばならぬことは、いうまでもないが、その次においては、取り過ぎるに比べれば与え過ぎる方がよく、無理して生きるよりは無理にも死ぬ方がよい。このことも承知していなくてはならない。(399,400P)

以下、吉田松陰「講孟箚記(下)」より。

天子は誠の雲上人にて、人間の種にはあらぬ如く心得るは、古道曾(かつ)て然るに非ず。……然れども是亦(これまた)卒爾(そつじ)に説きがたし。
<訳文>天子は雲の上のお方で人間とは違った存在であるというように思うことは、古の道ではない。……しかしながら、このことは、不用意に説くべき問題ではない。(22P)


若し其の常経を論ぜば、諫めて死するあるのみ。
<訳文>大臣たるものの常経からいえば、君の非を諌めて容れられぬ時は、死して諌める道があるのみである。(53P、55P)
(VIPまとめより)
これは儒教と全く違う倫理である。君主が諌言を聞き入れない場合は、支那では仕えることをやめる。また、支那では君への忠より父への孝のほうが重い。さて、諌死の有名な例に少年時代の信長の家臣がいる。